樹から生まれた森

主に詩や小説を書いています。

「蚊」

パプアで銃声が鳴る

飼い犬が紐から逃れる

眠れない夜に映るディスプレイが外を照らす

出鱈目な夜 出鱈目なセックスの汗の匂い

出鱈目 君はそうじゃないと言い切れるかい

君の心の片隅に心当たりはないかい

左の窓から聞こえる虐待の音を通り過ぎた俺

ちっとも変わってねえじゃねえか

深夜の銃声が7発

正常 異常 どの辺に線を引いてる

それをどう思う

ふっとリズムが思いつく

そのリズムで虐待の女がノッテる

どうだ 出鱈目だろう

でも 君は 僕は 私にも心のどこかにそんなところないかい

ないって言い切れるかい

眠れぬ夜 出鱈目な夜に蚊が群れる 気をつけろ 刺されるな

蚊に気をつけろ 奴らは小さく振舞ってるだけだ

蚊に気をつけろ 奴らは君が眠りこけている時 刺すぞ 刺すぞ

蚊に気をつけろ なぜ奴らは君が眠っている時だけ狙うと思う

よく考えたほうがいい

今夜は蚊の気合の入った集会だ 眠れなくてよかったぜ

虐待の女は眠っている 刺されてる 天窓は開いてるが

星一つ見えない寝室 何も見えちゃいない眠っている女のまぶた

 

 

景色

2019年8月12日 12:40 気づく

 

俺はとことん阿呆だった

俺は与えられた道に盲目だった

試練は耐えるものだと思ってた

しかしそれは違ってた

それは学ぶためのものだった

 

俺だけの道がある それは胎児の時から砂利と石ころで続いていた

俺の道以外の測定不可能な道というか円がある

その円にはたくさんの人がいる

その円の人たちと俺は決定的に違っていた

俺は臆病だった 腰抜けだった

その円の人たちに必死に しゃにむに合わせようとしていた

それが それは大きな間違いだった

 

そもそも人は顔も人格も言葉もまるで違うのに

世界を小さくした社会は「同じ」にしようとしている 今も

全く違うのに「同じ」に くくろうとしている

これは おかしくなって当然であり 結果は既に出ている

ここで 尊重というものが出てくる

 

円の人たちに 愛 愛 平和と叫ばれても

じゃぁ 血をわけた俺の兄がどうして俺を絶縁したのだ

ジョンレノン ボブマーリー 清志郎 たちの愛と歌っている歌は

俺には嘘っぱちに聴こえる

メジャーストリーム つまり テレビ ネット フェス sns は虚構に満ちている

つまり円の人たちだ

俺の人生にまったく関係ない

俺の道がある

俺の魂に俺だけの神様がいる

祈るなんて そんな図々しく うねぼれ切ったことなど俺はしない

毎朝 近くの公園の鳩の群れや樹々 見上げた空 直視できた太陽に

愛しています と最低300回 口に出す

自然は神である 自分だけに宿るもの 経典の神はまがいものである

最初に言っただろう 俺は円の人たちと決定的に違うって

もう合わせない 円の人たちよ さようなら 達者でな

俺の道の果ては途方もなく遠くて見えるわけがない

果てに辿り着くまで 俺はとっくにくたばる

それでも 俺は俺の道を進むしかない

だって円の人たちの道とは違うし もう行くところも帰るところもないから

こうなってしまったのは すべて自分に責任がある

なので どう考えても 俺は全責任を負って道を進むしか残されていない

俺だけしか見えない景色 円の人々が見る景色とは 当然 まったく違う

だからと言って俺の景色が素晴らしいなんてことはない

ただ俺の景色は俺にしか見えない それだけのこと

詩・「手紙」

車に乗るのですか

或る人に私のこの手紙を渡してくれませんか

 

「私を通った車は何台でしょうか

 雪に埋もれた車も手伝いました

 車粉が行き交うせわしい国道に引き込まれる

 グリースのクシの夏 熱い熱に導かれたタイヤ

 メリークリスマスと笑って

 あなたがしょってきた雪が私の肌に溶けた玄関

 私を通った車は何台でしょうか

 最近

 今日流れた血と

 あさって流れた血が なにか違うような気がするのです

 八月の鯨を居眠りしたバツでしょうか

 ネックレスは繋がりましたか

 もし無理なら 私は腕の良い職人を知っています

 声に潤うのは危険

 それが亡くなった祖父の口癖でした

 あなたにも伝えます

 声に潤うのは危険です

 あなたの前を通った車は何台ですか

 あの時流れた星と

 あさって流れた星は なにか違うような気がするのです

 あなたは 血は今も流れていますか」

詩・「おちぶれた涙」

何年も 何年もかかり

こころをとり戻しました

音楽を マイ・フィーリッシュ・ハートを

久しぶりに 久しぶりに聴いた

ポロポロと泣いている

こんな時でさえ

詩なんか書いてる俺

軽蔑な俺

許してください

許してください

誰に❓

分かりません

 

しばし沈黙

 

例えばあの世の家族じぁなくて

子供の時の家族とか

ジャージ姿の俺を 仕事休んで車六時間かけてクィーンを観せに連れてってくれたオヤジ

俺に好物ができると いつも冷蔵庫に入れてたオフクロ

俺を一度も責めなかった ばあちゃん

俺の為に細い給料で高いギター買ってくれたアニキ

許してください

許してください

おちぶれた涙をキャッチする散らかった床

涙を拭け

「あんた、ふふ、部屋片付けなさいって」

って言う 夏休みのオフクロの声を

一回でいいから聴きたい

それから、いいんだか悪いんだか、さっぱり分かんねえここで頑張るからさ

 

詩・「ドリアンの娘」

ドリアンのように

夢の道を歩いています

あなたに この写真を一枚渡します

どうか捜してください

ドリアンの道から逸れることなく

 

田舎の道売り場で出会ったのです

その時も あの方は夢のようでした

ほかのどんな人とも違いました 全く別の人でした

魚 野菜 マーマレードジャムを一缶を買いました

不思議なことを言ったのです

お釣りは あなたが大人になってから渡すと

 

ドリアンの道は分かりましたか

しっかり歩いてください

夢のような道なのですから

右側には さくらんぼの並木

左側には みかんの並木

そこまで行けば大丈夫でしょう

夢の道は ほぼ覚めています

 

あとは お釣りの人の扉を開けてください

写真の人から お釣りを受け取ってください

そして 伝えてください

今でも 愛していると

 

 

エッセイなのか短編なのか・・・「エレクトリック・サーフィン」

隣のベッドのKさんは躁鬱病だ。彼からその病名を聞かされる事はずっと後のことなのだがーーー

彼は本当に可哀想であった。なにしろ一日中ベッドで苦しんでいる。がっつり躁鬱の鬱の時、彼は顔を歪めて悶え苦しむ。

皆さん、どうかありったけのイメージでもって想像してほしい。例えば、足をとてつもない物体に豪快にぶつけたとしたら?そりゃ顔を歪め「痛いー!」と叫ぶだろう。その後は顔を歪めるだろう。呻きと共に。

彼は違う。心がーーー脳みそがーーー気がーーー ワヤになり顔が歪むのだ。

恋人を失った。親を失った。理不尽な解雇を言い渡された。何でもいい、心のショックで、あなたは、日々、延々と顔を歪めて苦しむだろうか。おそらく、顔に生気がなく、目が虚ろで、うなだれる、そんな感じではなかろうか。

しかし、くどいがKさんは、違う。何者かによって心を破壊され、日々、延々と顔を歪めるのだ。しつこいだろうか?あなたは想像できるだろうか?

双極性障害とは全く違う、今世紀最大の流行病、「うつ病」という病気がある。

正確には「大うつ病」「メランコリー型うつ病」とも言われている。

この病気はただ心が落ち込んでいるとか、心が沈んでいるといった代物ではない。

健康であるあなたは、何者かによって心に一発喰らった時、何日も何日も寝込むだろうか?或いは、「すべて」に興味喪失状態になるだろうか?

もう一度書くが、「すべて」だ。何もかもだ。何もかもに全く興味が無くなるのだ。

おろらく想像出来ないであろう。なぜならあなたは、生まれてから一度も、この何者かによって喰らった経験が無いからである。

典型的なうつ病躁鬱病鬱状態は全く異質である。うつ病患者が強い鬱状態に陥ると必ずソファーかベッドに寝込む。つまり、鬱と闘わない。ごくごく自然である。

しかし躁鬱のイカれた患者は時として、この鬱と闘うのである。

私の場合、それは作曲であったり、どうしようもない出来損ないの小説である。

発症してから闘ったのは4回ほどだ。2回ほど不思議な現象が起きた。私は影響されやすく、すぐに冷めるタイプのろくでなしである。ベートヴェンやヘミングウエイ、芥川、北杜夫など、名だたる偉人が鬱状態でも創作をしたと知って、挑んだ。挑んでみた。

記憶はおぼろげではあるが、おそらく第一ラウンドのような気がする。ゴングの鐘は甲高い「カーン」ではない。あんなに清々しくはない。ジョンレノンのマザーのイントロの、あの重々しい鐘の音だ。不気味なステップで不気味なファイティング・ポーズで不気味なジャブを見えない相手にかます

闘っている内に鬱が静かに沈んでいき、腰の痛みも引いていき、極めて平常心に近づいた。

私は驚いた。顔を後ろに仰け反って。(冗談です)

 

入院中、ヨーデルKが顔を歪ませて苦しんでいると言うのに、心ない看護婦は、やれ髭を剃れ、やれ風呂に入れ、やれシャンプーを二回しろ、と、非人間であった。

ヨーデルK。夕食が終わり、私が外に停めてある車の中で煙草を吸い帰ってくると、かなり元気が出ている男だ。恐らくそのささやかなひと時が生き甲斐であったのであろう。その時間の為に頑張って歯を食いしばり顔を歪めていたのであろう。

薬の副作用でヨーデルKは夕食では腹が満たされず、シーフードのヌードルを食べるのが日課であった。いつもいつもシーフードである。こだわりってやつだ。

今、私はヨーデルKに全く興味が無い。ただ思い出しただけだ。

それよりも、非人間の看護婦たちの顔は今でも忘れられない。

あれから14年が過ぎた。私は非人間と人間の区別ができないでいる。

武吉はどうしたのだ?いや、あらすじは最後までできている。

私はもう出鱈目なのだ。それでいいと思っている。

この宛先不明の得体の知れない、電磁波という波の上をサーフィンしたいとは思わない。みんな器用に、これまた得体の知れない不気味な板に乗ってサーフィンしている。

海が炎上している。波から波へと煙はなだれ込み、上へ上へと立ち昇る。

エレクトリック・サーフィン。世界中のみんなが、これを愛している。