樹から生まれた森

主に詩や小説を書いています。

短編とエッセイ「悲しみの虫メガネ」

僕は二十六歳で亡くなられた故人・小山大宣さんを尊敬しております。本当です。この記事は決して本人を中傷しているものではありません。心から彼を尊敬しております。限りなく閲覧が少ないのでまずないとは思いますが、遺族の方、彼の側近にいた方々が不快に思われたのなら僕は素直に謝罪します。

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神は人格を持っていない。しかしながらもう一つの神に近い存在がいる。

神の近い存在はすべての人間の運命を最初から決定する。

ヨホンセン・ブルックナーより

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彼は早熟すぎた。あまりにも熟すのが早すぎた。そして鋭かった。途方もない優しさも持っている。音楽に並々ならぬ情熱も持っている。

彼は東京調布市にあった武蔵野音楽学院で講師を務めていた。奇遇にも僕はその学院を卒業している。学院は、旧校、新校と二つに分かれており、彼はそこでジャズピアノ実習とジャズ音楽理論を真摯に生徒に教えていた。

彼は国立音楽大学作曲家を卒業し、和声学を野田氏に師事した。もちろんクラシックだ。彼は耳からのキャッチはもちろん歴史的観点からも音楽を考えた。音楽。始まりはいつ?どういった経緯を辿ってきたのか。

彼の理論書を読むととても二十代前半に書かれたとは到底思えない。まるで五十代の鋭い学者が書いたように思われる。

例えば。中上級編P 97。

「Be Bop Style の行きづまりを打開する方法として、1960年初頭Miles Davis(1926〜)によって、旋法(Mode)の手法が導入された。彼は西洋中世の教会旋法(Church Mode)にヒントを得て、新しいSoundの世界を拓いた。これは西洋において、後期ロマン派音楽の行き詰まりを打開する為Claude Debussyが果たした役割と同じである」

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僕の二十代前半なんて、仕事をし、それが終わると後輩のバイトたちとバーで酒を呑んだくれ、バンドごっこをしていた。

僕は学院で購入した教本は一冊だけ手元に残っていた。それは学院長執筆による「ジャズアドリヴ実習」の教本だった。

煙草のヤニに染まり、色は十七歳の色になっていたままであるが、ボロにはなっていない。つまり使っていなかった、使っていない、ということだ。怠け者の証拠は人の目や口や言葉だけではない。物体にも出る。かっこつけすぎたw

世に狂った泡が人々を包み、笑顔のないものは抹殺されるという時代に、クライと言われた僕は殺された。お洒落に気が取られ、情熱がないのに上京。このあたりで僕は狂っていたのであるが、小山氏の赤本・青本だけ、意味は分からずとも妙な興味を本に注いでいた。持っているだけで嬉しかった。理由は分からない。

現在、僕が所有している氏の理論書は初版のカヴァーとまるで違う。僕が十七歳で職員から手渡されたその赤本・青本のカヴァーは、少しゴージャスで厚いビニールであった。ページをめくってもチンプイカンプイ。

僕がもう六、七年早くオギャーと発していれば小山氏の講義を受けられた。非常に悔やまれる。

僕は13歳でエレクトリック・ギターを手にし、ディストーションで学校での鬱積をアンプからはじき出していた。でてくる音は教師や生徒のいじめによる恨みつらみではなく、九歳で憧れた「あの音」がデタラメな洪水でアンプから流れていた。

十五歳でヘビメタのオリジナルを六曲作った。それだけ。

小山氏とは格が違いすぎるのである。比較するのは氏にたいしてあまりに失礼である。

 

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彼は音楽を知り尽くしてしまった。あとは表現だ。

しかし彼の早熟は音楽だけではなかった。それが彼を早めた。

「なぁ、人間はどこでこんなに狂ったと思う?」

「え?何よ、突然」

彼は、窓が開き、電車の音が頻繁に聞こえる中で彼女に尋ねた。

彼女は答えに困ってうつ向き、薄い唇を少し噛み、窓からランダムに入ってくる騒音に似た目を泳がせていた。

彼はライヴと講師の仕事、執筆と疲れていた。

体はカーペットの上の倦怠ではあるが、脳はいつも細胞が張り詰めている。

クラシック。ベートーヴェンがドカンと音楽の壁を塗り替えた。やがてワーグナーが調性を崩壊し、ドビュッシーが何とか聴衆に調性が感じ取れるように教会旋法を取り入れ、ドンつきの壁を破壊した。

ジャズでは、スィングジャズでデューク・エリントングレン・ミラーの天才っぷり。それをまたチャーリーパーカーたちが破壊した。またドンつきが姿を見せ、若干二十二歳のマイルス・デイヴィスドビュッシーと同じく旋法に着眼して浮遊する夜のジャズを作った。

ロックやポップスの流れも感じていた。

僕に今のすべての音楽の行き詰まりを破壊する力はあるのだろうか。エフェクトに頼ることなく、アコースティックな楽器のみを使い、破壊することは出来るのだろうか。

そのようなことを彼女に話すと、あなたにはできる、と力ある目で彼を見つめた。この時、二人には普段不快に感じる踏切の、あの音は、耳に、脳に、入っていなかった。

東京の真夏は暑い。暑すぎる。エアコンが体に悪いことは十分に知っている。本来、このような近代的なものは存在していなかった。故に、細胞の免疫の力が保たれ、人を馬鹿にした暑さにも古来から耐えられていた。そのような仕組みの細胞を、「楽チン」という安易で短絡的な物体にそうやすやすと金を払い、細胞の力を弱めることは彼はしない。彼は悲しみの虫メガネを現代社会の暗黒に当て、虫メガネを近づけて拡大した。はっきりと見える。見えすぎる。困ったな。

窓からは青い雑草や蒼ざめた雑草が見える。遠くに川があり、耳を澄ませれば石や砂を打つ水の音がせせらいでいる。セミが鳴いている。いくら頑張って演奏しても、これら自然の音には到底かなわないだろう、と彼は思い、天井のシミを眺めていた。

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神に近い存在は、彼は耐えられないだろうと思った。

音楽だけに早熟が宿っていればいい。しかし彼は、自分とは何か?人間とは何か?この狂った現代で笑いっぱなしの人は何なのか?汚い。しかしながら、彼女やバンドのメンバーの心は美しい。葛藤。ジャズや他の音楽のように激しくぶつかり合う葛藤に似たアドリヴであればいいのだが、彼にとっての葛藤はかなり危険なものであった。

彼は哲学をしていた。それはまるで有名なベートーヴェンの遺書ではない遺書に書いてあった、「どうにもならない病によって私はこの年で、まずは哲学しなければいけなくなった」 彼の思考はそれと同様、もしくはそれ以上だったかもしれない、と思う。

人それぞれ哲学の着地点は違う。ニーチェニーチェであり、彼は哲学の列車に飛び乗り、終着駅は発狂という駅であった。

それでも現在に至るまで彼の書物は愛読されている。

クリスチャンは彼を悪魔と呼ぶであろう。

だから私が常々言っているではないか、人は好き勝手に思い、好き勝手に解釈し、好き勝手に行動している、と。ぐっちゃぐっちゃだ。解きほぐすなど到底無理である。ただしき規律もあれば、黒い無謀な規律もある。

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時を同じくして、一人の男が脳梗塞に倒れた。友人は絶望している男をなんとか救おうとした。二人はギター弾きでもある。脳梗塞の男は左半身が不自由になった。

そこで友人は、小山氏の理論書二冊をプレゼントした。ついでに安価なエレクトリック・ピアノを買い与えた。

「ドリアン・スケールってあんだよ」

「なんだ、それ」

「レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド、レ。これだけで使ってやるんだ、ちょっと見てくれよ」

友人は、ピアノの黒鍵を一切使わず、白鍵のみでアドリヴによるフレーズを弾いた。

「おお」

脳梗塞患者は感心し、興味を示した。

「まあ、待てよ」

友人はベタではあるが、マイルス・デイヴィスのレコードを引っ張り出し「SoWhat?」を聴かせた。脳梗塞患者はハード・ロックしか興味がない男である。

二人、聴き終わり友人がピアノでそれらしきドリアンスケールでジャズっぽく弾く。

演奏を止め、脳梗塞患者を見る。彼は導かれるように右手で弾き始めた。

「ああ、なんか違うっていうのもあるな」

「そうなんだよ。音が限られいてるからセンスが問われるんだ」

脳梗塞患者は日がな一日Dドリアンスケールを弾き続けていた。

友人はイヤフォンで安っぽい昼ドラマを観ていた。

右耳にはドラマのセリフ、左耳から脳梗塞患者が弾くドリアン・スケール。レから始まる教会旋法。友人の脳みそはドリアン・スケールだけを認識し、注意し、感心し、ドラマのセリフは脳に伝達していなかった。